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大阪舞台のレジェンド 新型小説
2022.7.20
太平洋戦争から約80年が過ぎ日本は未曾有の大不況に陥った。中小零細企業の倒産が増えて日本は貧富の差が激しくなる。
年号は令和に変わっており政治経済は混迷の一途を辿る。 戦争はロシア、ウクライナで起こっていた。
日本の状況は80年前の再来といえる。生き残りを賭けた経済戦争が始まっていた。いよいよスーパーマーケットも品薄状況が始まった。
「一条この字はなんて書いてあるんや」
堀口が聞く
大阪帝国商事にはパソコンは無い。パソコンどころかデジタル機能を使ったあらゆる機器が殆ど無いのだ。辛うじて社員が使用する固定電話とガラ携帯とfaxがあるだけである。
だから書類伝票類は全て手書き、社員は優れた記憶力を要求され、瞬時のプライオリティ決定能力が試される。
これ全て佐川社長の社員育成術の基本である。
優しさと向上心を持つ人間としての基本的な考え方生き方を教えるのみである。瑣末な事はあまり言わない。目に余れば厳しいが。
ある時こんな事があった。
「それはグローバルな考え方ではなく視野が狭すぎかと」
アメリカの大学でアメフトのクォーターバックで名を売ってプロにもスカウトされた経験がある南条が佐川社長の片腕で剣道の達人である鞍馬との会話で言った。
従業員5人の零細企業T社のM&Aに関わる話題であった。大阪帝国商事は直接M&Aには関係しないが、この件で南条はアメリカのA社とT社のM&Aを推奨していた。
鞍馬は言う。
「A社は確かに今勢いに乗っている会社だよ。しかしあの会社のCEOであるマイケルジョージ氏は社員に対する評価が低く社員1人1人を大切にしない主義である。完全能力主義で首切りは朝飯前にやる。
南条は鞍馬の理屈が理解出来ない。
その夜に鞍馬は南条を連れて一杯飲み屋に行った。
鞍馬は酒が強い。何でも呑むが特に日本酒に目がない。1人の時は鯨飲する。1人で軽く一升は呑む。二日酔いはしたことがない。飲んで何時に帰っても竹刀素振りを5000回する。真冬でも汗びっしょりになる。体内からアルコールが全て飛ぶ。でシャワーを浴びる。古い一軒家に1人住まい。使っていないが古い井戸が残っている。底に何かあるらしいが会社の者も誰も知らない。妻とは5年前に離縁した。子供はいない。
2人が行った店は60代の姉妹が経営する古い昭和家屋の自宅改造型おでん屋である。
品数は豊富。中でも葱鮪(ネギマ)が好評。生マグロの間にネギが刺さっているだけのシンプルな一品。だが出汁に凄く凝っている。鰹と鳥腿肉のブレンド出汁。通称「ネギマ」
一日に1000本出ることもあるらしい。何せ1人で20本食べる客が多い。子供が土産に頼むのもいる。
席数は30くらい。
OL達の穴場でもある。
実はそのOLの中に鞍馬にご執心な子もいる。鞍馬は硬派っぽい顔をしている。右頬に傷があり近寄り難い雰囲気をしているが何故か女子に人気がある。笑顔が子供のようと言われる。
2人はまず大ジョッキビールで乾杯した。南条も酒は強い。大ジョッキは余裕で10杯はいく。身長195cm100kgの元アメフト選手は伊達ではない。
鞍馬は180cmの背丈だが胸幅が異常に広い。
2人が通りを歩くとその存在感に殆ど人が進路を譲る。
2人であっという間にジョッキが10杯空いた。2人共肝臓は強いから赤くならない。2人にとってはコーヒーを飲んでるようなものである。
「今日会社で話した続きをちょっとしてもいいかな?南条」
一息置いて鞍馬が切り出す。
「部長私もその話がしたかったんです」
鞍馬は営業統括部長であるが皆んなからは単に部長と呼ばれている。
例のアメリカのA社は今や飛ぶ鳥を落とす勢いです。勿論単にその尻馬に乗るん訳じゃないですが、その勢いを利用したら良いんじゃないかと言うのが私の持論なんですが。
「南条、ビジネスライクに考えたらその通りだろう。しかし本当のM&Aという物は勢いのある会社が弱小の会社を吸収合併するだけのものかな。
「何となく部長のお言葉も分かります。お言葉ですが日本の戦国時代も強い大名が弱い大名を駆逐して勢力を伸ばしてきましたよね。今の時代も同じじゃないですか。と思うんですが」
「南条の言うことはよく分かる。
私も大阪帝国商事に入社した頃は君と全く同じ考えだった。
だがそれも佐川社長と出会い仕事観、人生観が全く変わったんだ。
社長のある話を聞いてからね」
「ある話って、どんな内容ですか?」
「うん、ちょっと待ってくれ、南条まだビールでいいか?」
「いえ日本酒にします」
「何も私に合わせなくて良いんだぞ」
「部長に合わせてる訳じゃないです。
日本に帰って来て日本酒の芳醇な馨に改めて魅せられたというか、まあこの前部長とここで飲んだ浪花誉に魅せられた訳ですが」
「みよ姐、浪花誉瓶」
「毎度おおきに、けど鞍馬さん、余計なお世話かも知れんけど、来るたびに毎回毎回一升瓶空けて身体大丈夫?」
「おばちゃん、僕が言うのもなんだけど内の鞍馬部長の胃が一升瓶みたいなもので単にお酒を移し変えるだけだから 笑」
みよ姐が2人の前に浪花誉の一升瓶とコップ2つを持って来た。
南条が瓶を受け取りキャップを開けて先ずは鞍馬のコップに用心深く注ぎ自分のコップも満たす。
日本酒の場合はコップを合わせたりはしない。それぞれ目の上位に捧げて最初の一杯をグッと一息であける。
「あー美味いー」と南条が溜息をつきながら思わず口走る。
鞍馬はそれをニコニコ眺めながらコップ酒を飲み干した。
南条が
「部長おかわりを入れます」
といいながらすかさず鞍馬のコップに日本酒を注ぐ。表面張力を気にしながら。
「会話が空いてしまったな南条」
いきなり本題に戻るが...
鞍馬の口癖である。
「理想的というか信じられないM&Aの話なんだが今から40年前未だ日本でM&Aシステムがなかった頃、あるシューズのトップ企業が他社数社と合併話が持ち上がった。持ち上がったというより事実は他社数社が経営危機に陥りトップ企業のオーナーが業界全体のためと意義づけ動いたらしい。
その際そのトップ企業のオーナーは他社の社長連を自社の専務達に抜擢し幹部連もそれ相応のポストに付けた。
当時そんなことをする企業オーナーなんていなかったから各マスコミの耳目を集めるところとなった。
「マスコミはこぞってそのオーナーの記事を書いたんだ。殆どの記事は英雄視する内容だったが中には目立ちだがり屋という蔑視する論調記事もあった」
「いつの世にもひねた批判はありますね」
「一概には言えんが嫉妬心というのは人の心には付き物だからね。利口な人間は嫉妬心を成長の発条に変換するが」
「部長私がそうですよ。高校1年の時地元のアメフトチームに入ったんですが身長が低くてレギュラーに中々なれませんでした。
当時私は160cmなかったんです。短距離は得意で100m走は学年で1.2番でした。でも身長がネックでレギュラーになれなかった。毎日煮干しを食べ牛乳を1L飲みました。煮干しは亡くなったじいちゃんのアドバイスです。2年の時170になりました。夜中寝ている時背中がゴリゴリゴリと鳴ったのを今でもハッキリ覚えています。たまに成長期にそういう事あるらしいです。翌朝身長が伸びていました。驚きと感激で胸がいっぱいになりました」じいちゃんも親父も180cmありましたから」
「アメリカでプロのスカウトの目が止まったと聞くがプロには行くつもりは無かったのか」
「無かったですね。スポーツで金儲けする気はさらさらなかったです。経営に興味があったんで」
「内の佐川社長と南条のお爺さんが知り合いだったんだっけな」
「そうです。爺ちゃんの田舎が福島県、祖先が会津藩士で佐川社長の武道の先生の兄弟弟子が爺ちゃんの曾祖父ちゃんの先生だったらしいです」
「確か武田惣角氏の系統の?」
「部長よくご存知で」
「私の剣道の先生も佐川社長の武道仲間なんだよ。合気柔術、剣道のね」
「道理で、世間は広いようで狭いですね」
話が大分逸れたが結局のところどういう目的でM&Aをするかだ。win winとか調子の良い事を言っているが実際はアメリカハイエナ企業が日本技術を食い散らかし会社を不毛にしてしまうという事なんだ。
「日本企業を食い潰しているという事実が問題なんだ」
「部長の言われていることはよく分かりました。グローバルな思考と軽はずみなことを言った自分が恥ずかしいです」
「私もグローバル発想は否定しないが今の日本はローカル発想を蔑ろにしていないかと常々感じているんだ。グローバルで考えてローカルに行動するということだな」
部長のご見解は良く分かりましたしかなり納得できます。私なりにフィードバックしてよく考えてみます。部長グラスが空いてます。お注ぎします。
南条は鞍馬のグラスを満たす。彼は大雑把なようでかなり気がきく。だから営業職に向いているとも言える。
斜向かいの席に2人のことを見ているOL3人組がいた。
例の鞍馬に気を止めるOLもいる。
2人共彼女らには全く気付かない。そんなこと気にして呑むタイプではないが。
鞍馬に勝ってに気持ちを寄せるOLは今日は化粧が念入りそうだ。鞍馬は薄化粧が好みだけど。まあ全く関係ないが。
南条は今夜は特に饒舌である。今仕事がとても面白いという。鞍馬に色々教えてもらいたい。
鞍馬の深堀思考が好きである。決して教条主義ではない話し方も。
昭和チックが受けると言われるが昭和型説教オヤジは許容されない世の中。南条にとってはそれも好きなようだが。
だから今夜も嬉々として同行した。
その時例のOLが2人の前を通り化粧室に行った。ここは店の奥にある。非常にきれいで大きな
トイレである。オーナーは女性客を大切にする。OLがトイレから席に戻りぎわに鞍馬と南条の方を見るが2人は全く気付かない。大人の女の物腰なら少しくらいは気にするかもしれないが。
彼女は少し立ち止まる。それでも2人は気付かない。諦め席に戻る。
店の入口近くの席が少し騒々しい。先程入ってきた3人組の男達である。
既に前の店で出来上がっているようだ。3人ともガタイが良い。
「お前の前蹴りは相変わらず強烈だな」
「そうですか。先輩に褒められると恐縮しますよ」
口では恐縮と言っているが内心はそうだろ、そうだろと自慢したい気分である。
会社の空手部の話のようだ。最近社員の心身鍛錬のために武道を奨励する会社が増えているようだ。
経験者、未経験者問わず興味本位と女性にもてたい気持ちで入部する人間も多いとか。
その内の1人の男が例のOL3人組を見ている。
3人共ボディコン風の服を着ていた。
鞍馬にお熱なのは濃紺のボディコンだった。その男も彼女を見ていた。
その男が気取って
「ごめんなさい。彼女達、何か奢らせて」と所謂きっかけを作ろうと声を掛けた。
男3人女3人は斜向かいの席である。向かいのテーブルには赤い造花が置いてある。
濃紺のボディコンが応じた。
「えっいいの?じゃ私モスコミュールをいただいて良いですか?」
この店には女性受けしやすい流行りのカクテルなども数種類品揃えしている。
「私も」「私も」後の2人が倣う」
「どうぞどうぞ」男が気軽に返事する。
「はい、モスコミュールお待ちどおさま」
モスコミュールがやってきたところで
酒を奢ってくれた男に3人のボディコン娘が「それじゃ遠慮なくいただきまーす」と言いつつ男にグラスを捧げ持ち一口ずつ飲んだ。
その3人の様子を酒を奢った空手男がニコニコしながらビアジョッキを傾ける。
鞍馬と南条は相変わらず仕事のポリシーについて語っている。